S P O T / SPOT-240
万治の石仏
まんじのせきぶつ
諏訪大社下社春宮の近く、砥川を渡った先に鎮座する江戸前期の石仏。巨大な安山岩の自然石をそのまま胴体とし、その上に小ぶりな仏頭を載せた極めて特異な姿で、胴体には阿弥陀如来の坐像と密教的な文様が浅く刻まれる。1660年(万治3年)の造立と伝わり、銘の年号から「万治の石仏」と呼ばれる。丸い巨石の量塊感とちょこんと載った頭部の不均衡が独特の存在感を生み、芸術家・岡本太郎が1974年に「こんなに面白いものは見たことがない」と絶賛したことで全国的に有名になった。下諏訪町指定有形文化財。願い事を唱えながら石仏の周りを回る独特の参拝作法も親しまれている。

H I G H L I G H T S
見どころ
- 01巨大な自然石の胴体に小さな仏頭を載せた、量塊と頭部の不均衡が生む異形のシルエット
- 02胴体に浅く刻まれた阿弥陀如来坐像と卍・日月・雲などの密教的文様
- 03願い事を唱えながら石仏の周囲を3周する独特の参拝作法
A C C E S S / M E T A
基本情報
- 所在地
- 長野県 諏訪郡下諏訪町
- 住所
- 〒393-0031 長野県諏訪郡下諏訪町東山田字石仏
- 拝観料
- 無料(拝観自由)
- 時間
- 拝観自由(屋外・終日)
- 状態
- 現存
- 亀山から
- 車で約3時間30分(東名阪・中央道経由、岡谷IC/諏訪ICから約20〜30分)。鉄道ならJR中央本線「下諏訪駅」下車徒歩約30分。
- 最寄駅
- JR中央本線「下諏訪駅」
- 徒歩
- 30分
- 駐車場
- あり・無料(春宮周辺・万治の石仏専用駐車場、台数少なめ)
- 所要
- 15〜30分(春宮とあわせて1〜2時間)
D E E P D I V E
深掘り
歴史
歴史
万治の石仏は、長野県諏訪郡下諏訪町東山田字石仏にあり、砥川を挟んで諏訪大社下社春宮の対岸に位置する。文献上は「阿弥陀如来坐像」とされるが、地元では「あみだ様」、古くは「みたらしの石仏」などと呼ばれてきた。高さ約2.6メートル、幅約3.8メートル、奥行き約3.7メートルの安山岩を胴体とし、その上に高さ約65センチメートルの仏頭が載る。胴体には定印を結ぶ阿弥陀如来坐像と、衣の上に卍・太陽・雷・雲・磐座・月などの文様が刻まれている。伝承では、1657年に春宮の石鳥居を造るため石工がこの石にノミを入れたところ血が出たため、別の石材で鳥居を造り、この石を阿弥陀如来として祀ったとされる。1660年(万治3年)の完成と伝わり、これが名の由来。1982年に下諏訪町指定有形文化財に指定された。万治の石仏 - Wikipedia, 万治の石仏 - おいでなしてしもすわ(下諏訪町観光)
文化的背景
文化的背景
自然石をほとんど加工せず胴体に転用し、最小限の彫りで仏に転化させるという発想は、巨石・磐座への原初的な信仰と仏教造形が交わった民俗的な石仏文化を体現する。諏訪は古来、石・水・自然物への信仰が厚い土地であり、当石仏もその文脈に位置づけられる。1970年代に芸術家・岡本太郎と小説家・新田次郎が紹介したことで、無名の野の仏が一躍「アート」として全国的に評価されるようになった点も興味深く、近代の眼差しが在来の信仰物を再発見した好例といえる。万治の石仏 - Wikipedia, 岡本太郎が絶賛、万治の石仏 - 日本経済新聞
地元視点
地元視点
下諏訪町は当石仏を諏訪大社下社春宮とセットで巡る観光・信仰の核として位置づけ、参拝作法(正面で一礼し『よろずおさめました、まんじのせきぶつ』と唱えて願い事を念じながら石仏の周りを時計回りに3周し、再び正面で礼)を案内している。地元にとっては有名観光地である前に、長く親しまれてきた『あみだ様』であり、静かな祈りの対象でもある。万治の石仏 - おいでなしてしもすわ
ベストシーズン
ベストシーズン
通年。新緑(5〜6月)や紅葉(10〜11月)の頃が田園風景とともに美しい。諏訪大社下社春宮の参拝とあわせると半日で巡れる。
撮影のコツ
撮影のコツ
正面やや低い位置から、巨大な丸い胴体と小さな頭部の対比を強調すると石仏の異形が際立つ。背後の田園や木立を入れると野仏らしい素朴さが出る。順光の午前〜昼が彫りの陰影を拾いやすい。参拝者がいるときは作法(3周)の妨げにならないよう配慮する。
注意事項
注意事項
屋外の文化財であり、像によじ登ったり強く触れて傷つけたりしない。砥川沿いの遊歩道は雨天時に滑りやすい。周辺は住宅・田畑も近いため、駐車や立ち入りは案内に従い、地元住民の生活に配慮する。
関連作品
関連作品
- - 岡本太郎は1974年に下諏訪を訪れ、当石仏を『世界中歩いているが、こんなに面白いものは見たことがない』と絶賛し、講演・雑誌等を通じて全国に紹介した。岡本太郎が絶賛、万治の石仏 - 日本経済新聞
- - 小説家・新田次郎も当石仏を紹介し、知名度向上に寄与した。万治の石仏 - Wikipedia
トリビア
トリビア
- - 名は造立年の元号『万治3年(1660年)』に由来する。
- - 石工が鳥居用に石を割ろうとしたら血が出た、という伝説が残る。
- - 参拝は『よろずおさめました』と唱えながら石仏の周りを3周するのが習わしとされる。
外部レビュー
外部レビュー
出典