S P O T / SPOT-219
寝覚の床
ねざめのとこ/ Nezame no Toko (Sleeping-Waking Gorge)
木曽川の急流が花崗岩の岩盤を侵食してできた奇勝で、大正12年(1923年)に国の名勝に指定。2020年に中央アルプス国定公園へ昇格。巨大な花崗岩が川辺に整然と並ぶ様子は「方状節理」と呼ばれる地質学的な現象によるもので、約1.2万年前に岩盤が露出した。中山道を往来した歌人・文人が詠んだ歌も多く、長野県歌「信濃の国」にも「旅のやどりの寝覚の床」と謳われる。浦島太郎伝説の舞台としても知られる。
H I G H L I G H T S
見どころ
- 01花崗岩の方状節理・甌穴(ポットホール)が織りなす独特の地形:地質学的に国内でも希少な景観
- 02臨川寺境内の展望台から見下ろす俯瞰構図、河原まで降りて見上げる仰視構図の両方が楽しめる
- 03JR中央本線(特急しなの)の車窓から一望できる絶景:通過時に車掌がアナウンスし速度を落とす区間
A C C E S S / M E T A
基本情報
- 所在地
- 長野県 木曽郡上松町
- 住所
- 〒399-5607 長野県木曽郡上松町大字上松(寝覚)
- 拝観料
- 散策自由(臨川寺境内・展望台からは拝観料200円、木曽人ねざめ亭経由は通行料300円)
- 時間
- 散策自由(夜間・冬季の滑りやすい時期は自己責任)/ 臨川寺:夏期8:00〜18:00・冬期8:00〜17:00
- 状態
- 営業中(散策自由)
- 亀山から
- 車で約2時間・東名阪→名神→中央道→長野道(塩尻IC)→国道19号を南へ約54km(1時間)。または中央道(中津川IC)→国道19号を北へ。JRの場合は名古屋→中央線→上松駅下車(徒歩約20〜25分)または上松町コミュニティバスで5分。
D E E P D I V E
深掘り
歴史
歴史
寝覚の床の岩盤は中生代の粗粒黒雲母花崗岩からなり、約1.2万年前(縄文時代初期)に木曽川の侵食によって地表に露出した。その後、1968年に運用開始した関西電力の木曽ダムにより木曽川の水位が低下し、現在のような巨岩の姿がより明確に現れるようになった。国の名勝指定は大正12年(1923年)3月7日。2020年3月に国立公園ではなく「国定公園」として中央アルプス国定公園に編入された。浦島太郎伝説との結びつきは古く、江戸時代初期の沢庵和尚の旅行記『木曾路紀行』に「浦島がつり石」への言及がある。貝原益軒も貞享2年(1685年)の旅行記に記録している。臨川寺(浦島山臨川寺)は伝説の弁財天像を祀るために建てられたとされ、現在は臨済宗妙心寺派の寺院として境内から寝覚の床を一望する展望台を一般公開している。(出典:上松町観光サイト https://kiso-hinoki.jp/colibri-wp/tourist/nezamenotoko/、Wikipedia「寝覚の床」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%9D%E8%A6%9A%E3%81%AE%E5%BA%8A)
文化的背景
文化的背景
寝覚の床は中山道(現在の国道19号・木曽路)の景勝地として、江戸時代から多くの旅人が立ち寄った。長野県歌「信濃の国」(1900年)の4番に謳われるほど信州を代表する名所として定着。浦島太郎伝説は海から遠い山中の木曽に設定されており、内陸の木曽川で釣り糸を垂れていた太郎が竜宮城に行ったとする独自の説話として受け継がれている。河原への降下点には「浦島堂」が建ち、弁財天像の祭神が今も残る。松尾芭蕉も「ひる顔に ひる寝せふもの床の山」の句碑が残るなど、文人との縁も深い。
地元視点
地元視点
上松町の観光関係者によれば「臨川寺の拝観料(200円)を払えば展望台から迫力ある俯瞰が楽しめる」のが最も手軽な見学方法。JR上松駅から旧中山道を徒歩30分のウォーキングコースも整備されている。木曽人ねざめ亭(通行料金300円)から河原へ降りるコースは健脚向け。