S P O T / SPOT-212
戸隠神社・奥社
とがくしじんじゃ・おくしゃ/ Togakushi Shrine / Okusha (Inner Shrine)
霊山・戸隠山(標高1,904m)の麓に鎮座する戸隠神社五社の御本社。天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)を祀る。参道入口から奥社まで約2kmの杉並木参道は、樹齢400年超の杉が立ち並ぶ長野県指定天然記念物。平安時代の嘉祥2年(849)に学問行者が開いた修験道場を起源とし、かつては比叡山・高野山と並ぶ「三千坊三山」の霊場として全国に知られた。
H I G H L I G H T S
見どころ
- 01樹齢400年超の杉並木が続く随神門から奥社までの参道(約1km)は長野県指定天然記念物
- 02天岩戸を開いた大力神・天手力雄命を祀る開運・心願成就のパワースポットとして知名度が高い
- 03妙高戸隠連山国立公園内に位置し、春の残雪期や秋の紅葉期は別格の景観を誇る
A C C E S S / M E T A
基本情報
- 所在地
- 長野県 長野市
- 住所
- 〒381-4101 長野県長野市戸隠奥社
- 拝観料
- 拝観料無料(駐車場:3時間まで600円、以降1時間100円、1日最大1,000円)
- 時間
- 授与所受付9:00〜17:00(冬期変更あり)。冬季(1/7〜4月下旬)は閉殿
- 状態
- 営業中(冬季閉殿あり・参道は通年アクセス可)
- 亀山から
- 車で約4時間・東名阪→名神→中央道→長野道(更埴IC)→上信越道→信濃町IC→国道18号・県道経由で戸隠へ。または新名神→中央道→長野道(松本IC)→国道19号→長野市経由で戸隠へ約4時間。高速バス(名古屋→長野)+路線バスも可。
D E E P D I V E
深掘り
歴史
歴史
戸隠神社の歴史は古く、一説に孝元天皇5年(紀元前210年)に天手力雄命の子孫がこの地に命を祀ったとも伝わるが、史料上確認できる最古の記録は平安時代に遡る。『阿娑縛抄』所収の「戸隠寺縁起」によれば、嘉祥2年(849)に飯縄山で修験を行っていた学問行者が戸隠山を発見し、農耕神として崇められていた地主神・九頭龍大神のもとに道場を開いたことが起源とされる。その後、天台密教と習合して「戸隠山顕光寺」となり、平安時代末の『梁塵秘抄』に「四方の霊験所は…信濃の戸隠…」と謡われるほど全国に名を知られた。鎌倉・室町時代には「戸隠十三谷三千坊」と喧伝されるほどの隆盛を誇り、比叡山・高野山と並ぶ「三千坊三山」の一つに数えられた。徳川家康から千石の朱印地を与えられ「戸隠山領」が成立し、農業・水の神としての性格が強まった。明治維新の神仏分離令により、戸隠山顕光寺は戸隠神社となり、宗僧は還俗して神職となった。昭和54年(1979)に「戸隠神社信仰遺跡」として長野県史跡に指定。奥社の現本殿は度重なる雪崩による倒壊を経て、昭和54年に鉄筋コンクリート造で再建された。(出典:戸隠神社公式 https://www.togakushi-jinja.jp/about/、一般財団法人戸隠奥社の杜財団 https://togakushi-zaidan.jp/know/history/)
文化的背景
文化的背景
戸隠信仰の源流は「古代人の山への信仰」と「水の恵みへの感謝」にある。天手力雄命が天岩戸を投げ飛ばした岩戸が現在の戸隠山になったという神話伝承と、農耕・水の神としての九頭龍大神信仰が結びついた独特の宗教文化が形成されてきた。江戸時代からは「怪避図(白澤図)」と呼ばれる魔除け札が戸隠で作られ全国に配布され、現在も旅人の守り神として受け継がれている。奥社社叢(杉並木周辺)は妙高戸隠連山国立公園内に位置し、厳しい気候条件と長い信仰の歴史が生み出した独自の植生が保護されている。(出典:戸隠神社公式 https://www.togakushi-jinja.jp/、長野市「戸隠信仰にみる歴史的風致」報告書)
地元視点
地元視点
地元の宿坊関係者によれば、奥社参道の朝の空気は「日本でもっとも澄んでいる場所のひとつ」と評される。参道の杉並木は4月下旬の残雪と新緑が重なる時期が最も美しく、訪問経験者から「別世界に来た感覚」との評が多い。忍者の里としても知られ、戸隠流忍法を伝える地域としての顔も持つ。