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BIZARRE JAPAN

名鑑平泉寺白山神社

S P O T / SPOT-200

土俗・奇祭

平泉寺白山神社

へいせんじはくさんじんじゃHeisenji Hakusan Shrine

養老元年(717年)泰澄大師が開いた白山信仰の越前側拠点。最盛期(室町後期)には境内に6000坊・僧兵8000人を抱えた巨大宗教都市だったが・天正2年(1574年)の一向一揆により全山焼亡。現在は苔の絨毯に覆われた境内と・平成元年(1989年)から続く発掘調査で明らかになる中世石畳・石垣遺構が見どころ。

N O P H O T O

H I G H L I G H T S

見どころ

  • 01養老元年(717年)泰澄開創・白山信仰の越前馬場として栄えた中世最大級の宗教都市(最盛期6000坊・僧兵8000人)
  • 02天正2年(1574年)一向一揆による全山焼亡——「勝山」地名の由来となった歴史的事件
  • 03120種以上の苔が絨毯のように広がる境内——司馬遼太郎が「京都の苔寺は笑止なほど」と絶賛
  • 04平成元年(1989年)以来の発掘調査で出現する中世石畳・石垣遺構(全国的に稀有な規模と技術)
  • 0533年に1度の「式年祭御開帳」(直近は2025年5月・次回は2058年)という稀少な参拝機会

A C C E S S / M E T A

基本情報

所在地
福井県 勝山市
住所
福井県勝山市平泉寺町平泉寺56
拝観料
境内散策・参拝無料(旧玄成院庭園のみ50円)。白山平泉寺歴史探遊館「まほろば」無料
時間
境内自由(まほろば:9:00〜17:00・年末年始休)
状態
現存(参拝可・旧玄成院庭園は50円)
亀山から
亀山ICから車で約2時間(名神・北陸道・丸岡ICから勝山まで約40分)

D E E P D I V E

深掘り

歴史

歴史

養老元年(717年)泰澄によって開かれた白山信仰の越前側拠点「越前馬場」。平安時代に比叡山延暦寺の末寺となり・鎌倉〜室町期に強大な宗教勢力へと発展。室町後期の最盛期には東西1.2km・南北1kmの範囲に南谷3600坊・北谷2400坊・48社・36堂・6000坊(坊院)が林立し・僧兵8000人を擁する「日本国一番の法師大名」とも称された。戦国時代には越前の朝倉氏と肩を並べる勢力を誇った。天正2年(1574年)1月23日・一向一揆軍が境内に乱入し・同年4月15日に全山を焼き尽くした(「平泉寺滅亡」)。一揆勢が拠点とした村岡山を「かちやま(勝ち山)」と呼んだことが「勝山」地名の由来。その後・顕海が再興し江戸時代に小規模再建。明治の神仏分離令で「平泉寺」の寺号が廃止され「白山神社」となった。

宗教

宗教

主祭神は伊弉冊尊(いざなみのみこと)を本社に祀り・越南知社(おおなむちしゃ)・別山社・三之宮・開山社に各神を配祀する。白山信仰(白山(2702m)を神体とする山岳信仰)の越前側の禅定道(登拝道)の起点として機能した。33年に1度の「式年祭」には各社の扉が開かれ神像が公開される(2025年5月23〜25日に三十三年御開帳が実施された)。

建築

建築

現在の社殿は江戸時代に福井藩から寄進された建物。旧境内の石畳と石垣は平成元年(1989年)以来の発掘調査で姿を現しつつある。南谷の坊院跡では15〜16世紀(室町末期)に造られた石畳道(九頭竜川の川石使用)と石垣が出土し・15世紀末から16世紀初めの石畳として全国的にも例を見ない大規模かつ精巧なもの。中世都市の計画的区画・側溝・排水施設も確認されている。境内には1574年の焼き討ちを生き残った「平泉寺七本杉」(幹周り5m以上の杉7本)がある。参道の石畳(約1.2km)は「日本の道100選」(1986年)・「新・日本街路樹100景」(1994年)に選定。白山禅定道(平泉寺〜白山)は「歴史の道百選」(1996年)。

文化財

文化財

国史跡「白山平泉寺旧境内」(1935年指定・1997年に指定範囲拡大・名称変更)。国名勝「旧玄成院庭園」(1930年指定)。2019年に日本遺産「中世・近世から石と共にあるまちと人のストーリー」(福井・勝山日本遺産)認定。白山平泉寺歴史探遊館「まほろば」(入場無料・9:00〜17:00)で出土品・歴史展示を実施。

注意事項

注意事項

発掘調査は1989年(平成元年)から継続中で・2024年9月には12年ぶりの本格調査(南谷坊院跡南側170㎡)が再開された(福井テレビ2024年9月報道)。現在まで調査が完了したのは旧境内(200ha)の約1%に過ぎず・15〜16世紀の遺構が今後も続々と出土する可能性がある。越前焼・青磁・白磁の破片が次々と出土中で・中世宗教都市の全容は現在進行形で解明されつつある。苔の景観は120種以上の苔から構成されること(福井県立大学・大石善隆教授調査)が近年確認されており・京都の苔寺(西芳寺)をしのぐとも評される。