S P O T / SPOT-336
大村神社(要石・なまずの宮)
おおむらじんじゃ かなめいし なまずのみや
伊賀市阿保に鎮座する式内社で、地震除けの神として古くから信仰を集める。本殿西側に祀られる「要石(かなめいし)」は、地中深くに伸びて地震を起こす大鯰を押さえつけているとされ、鹿島・香取の要石信仰と同系統の俗信を伝える。要石の前には鯰の石像が据えられ、水をかけて願をかける習俗が今も続く。社では鯰を描いた絵馬を授与し、「なまずの宮」とも呼ばれる。1854年(安政元年)の伊賀上野大地震で周辺が甚大な被害を受けるなか、阿保の地は被害を免れたとされ、その霊験譚が要石信仰を強めた。祭神は記紀に名の見える伊勢国造の祖神を中心とする。
H I G H L I G H T S
見どころ
- 01地中の大鯰を押さえると伝わる「要石」——地震を封じる石への信仰
- 02要石前に据えられた鯰の石像と、水をかけて願をかける独特の習俗
- 03鯰を描いた絵馬を授与する「なまずの宮」としての信仰文化
A C C E S S / M E T A
基本情報
- 所在地
- 三重県 伊賀市
- 住所
- 〒518-0226 三重県伊賀市阿保1555
- 拝観料
- 無料(境内自由)
- 時間
- 境内自由(社務所はおおむね日中)
- 状態
- 現存
- 亀山から
- 車で約40分(名阪国道で伊賀方面、上野東IC・中瀬ICから国道165号で青山・阿保へ)。鉄道は近鉄大阪線「青山町駅」が最寄りで駅から徒歩圏。
- 最寄駅
- 近鉄大阪線「青山町駅」
- 徒歩
- 12分
- 駐車場
- あり(参拝者用駐車場)
- 所要
- 30分〜1時間
D E E P D I V E
深掘り
歴史
歴史
大村神社は『延喜式』神名帳に名の見える式内社で、貞観年間(859年)には神階が従六位上から従五位下へ進められたとされ、当時から地域の有力社であった。主祭神は記紀に「息速別命(いこはやわけのみこと)」などと記される伊勢国造ゆかりの神とされる。地震除けの信仰で広く知られ、本殿西方に「要石(かなめいし)」を祀る。要石は地中深くに伸びて、地を揺るがす大鯰を押さえつけているという俗信を伝える。1854年(安政元年)の安政伊賀上野地震では伊賀上野一帯で多数の死者・倒壊家屋を出したが、阿保の地は要石の霊験により被害を免れたと語り継がれ、これが地震除け信仰を一層強めた。大村神社 (伊賀市) - Wikipedia), 玄松子, 観光三重
文化的背景
文化的背景
要石は本来、常陸の鹿島神宮・下総の香取神宮の信仰で知られ、地下の大鯰の頭と尾を押さえて地震を鎮めるとされる石である。大村神社の要石信仰も同系統に連なり、地震という制御不能の災害を「鯰を押さえる石」という具体的なイメージへ落とし込む民俗的想像力を示す。鯰を地震の元凶とみなす俗信は近世に広く流布し、安政の大地震後には膨大な「鯰絵」が刷られた。大村神社で鯰の石像に水をかけて祈り、鯰絵の絵馬を授ける習俗は、こうした鯰=地震という観念を信仰実践として継承するものである。大村神社 (伊賀市) - Wikipedia), 観光三重
地元視点
地元視点
ベストシーズン
ベストシーズン
通年。初詣期は要石社に幟が立ち賑わう。新緑〜紅葉期は社叢の景観も良い。
撮影のコツ
撮影のコツ
要石社(本殿西側)は社号幟・狛犬・小祠が並び、正面から幟と社を入れて撮ると「地震を封じる石」の場の雰囲気が出る。要石前の鯰石像は近接で、鯰絵の絵馬は授与所周辺で押さえる。社殿・宝殿も合わせて記録するとよい。
注意事項
注意事項
信仰の場であり、要石・石像・社殿には敬意をもって接する。撫で・水かけは現地の作法・案内に従い、過度に触らない。境内・参道では他の参拝者の妨げにならないよう配慮する。
関連作品
関連作品
- - 鹿島・香取の要石信仰、および安政地震後に大量に刷られた「鯰絵」——地震を鯰に擬する民俗的観念の系譜上に位置づけられる。大村神社 (伊賀市) - Wikipedia)
- - 各地の観光・ヒーリング系サイトで「地震の神様が鎮座する要石」として紹介される。ヒーリングツアー
トリビア
トリビア
- - 要石は地中の大鯰の動きを封じるとされ、鹿島・香取の要石と同じ系統の信仰を伝える。
- - 要石前の鯰の石像は水をかけて願をかける対象で、鯰を描いた絵馬も授与される。
- - 安政伊賀上野地震(1854年)で阿保が被害を免れたとの霊験譚が、地震除けの社としての名声を高めた。
外部レビュー
外部レビュー
出典