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名鑑加佐登神社(白鳥塚古墳・ヤマトタケル墓伝承)

S P O T / SPOT-260

土俗・奇祭

加佐登神社(白鳥塚古墳・ヤマトタケル墓伝承)

かさどじんじゃ

加佐登神社は、鈴鹿市加佐登町に鎮座し、日本武尊(ヤマトタケル)を主祭神とする神社である。古くは「御笠殿社(みかさどのしゃ)」と称し、尊が東征からの帰途、能褒野(のぼの)で命を落とす間際まで持っていたと伝わる笠(かさ)と杖(つえ)をご神体として祀る点に最大の特色がある。神社の北西に隣接する白鳥塚(しらとりづか)古墳は、地元では日本武尊の墓と伝えられ、葬られた尊の霊が白鳥となって都へ飛び去ったという『古事記』『日本書紀』以来の白鳥伝説の地とされてきた。宮内庁が治定する正式な能褒野陵(亀山市)とは別に、加佐登一帯には白鳥塚をはじめ着物や冠を納めたと伝える複数の塚が点在し、ヤマトタケル終焉と昇天の物語を民間伝承として今に伝える。武具ではなく旅の笠と杖を神体とする素朴さと、円墳と見られていた墳丘が発掘で帆立貝式前方後円墳と判明した考古学的事実が、伝承と史実の交差点として独特の磁場を生んでいる。

白鳥塚古墳(加佐登神社)
Wikimedia Commons / user:hiroyuki0904 / Public domain

H I G H L I G H T S

見どころ

  • 01武器ではなく、旅の笠と杖をご神体として祀るという珍しい祭祀のかたち
  • 02葬られた尊の霊が白鳥となって飛び去ったと伝わる白鳥塚古墳が神社に隣接
  • 03宮内庁治定の能褒野陵とは別に伝わる「もうひとつのヤマトタケルの墓」という民間伝承地
  • 04円墳とされてきた墳丘が発掘で帆立貝式前方後円墳と判明した、伝承と考古の交差

A C C E S S / M E T A

基本情報

所在地
三重県 鈴鹿市
住所
〒513-0809 三重県鈴鹿市加佐登町2010
拝観料
無料(境内自由)
時間
境内自由(社務所対応は日中)
状態
現存
亀山から
車で約20〜25分(国道1号・県道経由、約12km)。鉄道ならJR関西本線で亀山駅から加佐登駅まで約10分、加佐登駅から徒歩・タクシーで約20〜30分。
最寄駅
JR関西本線「加佐登駅」
徒歩
25分
駐車場
あり(神社駐車場・無料)
所要
1時間程度

D E E P D I V E

深掘り

歴史

歴史

加佐登神社は鈴鹿市加佐登町に鎮座し、日本武尊を主祭神とする。創建時期は不詳だが古くは「御笠殿社(みかさどのしゃ)」と呼ばれ、明治6年(1873年)に現社名へ改称、明治41年(1908年)に近隣16社を合祀して村社に列した。尊が能褒野で亡くなる間際まで持っていたとされる笠と杖をご神体として祀り、終焉の地と伝わる白鳥塚(能褒野墓)の前に創始されたと伝える。神社北西の白鳥塚古墳は日本武尊の墓といわれ、その霊が白鳥となって飛び去ったという伝説が残る。平成17年(2005年)の調査で、従来円墳とされてきた墳丘が帆立貝式前方後円墳(墳長約80m、後円部径約64m・高さ約9m)であることが判明した。(加佐登神社 - Wikipedia, 白鳥塚古墳 | 観光三重, 加佐登神社 公式)

文化的背景

文化的背景

ヤマトタケルの白鳥伝説は、東征の帰途に能褒野で病没した英雄の魂が白鳥となって飛び立ち、各地に降りたという『古事記』『日本書紀』以来の説話で、白鳥陵(しらとりのみささぎ)信仰として各地に痕跡を残す。加佐登一帯はその三重側の中心的伝承地であり、白鳥塚をはじめ着物塚・冠塚など、尊の遺品や所縁を納めたと伝える塚が複数点在する。宮内庁が能褒野王塚古墳(亀山市)を正式な能褒野陵と治定する一方で、加佐登の白鳥塚を尊の墓とする民間伝承が並立してきた点に、国家による陵墓治定と地域の記憶のせめぎ合いが見える。武具ではなく旅の笠と杖を神体とする祭祀は、英雄の最期の旅姿を偲ぶ素朴な信仰のかたちといえる。(加佐登神社 - Wikipedia, 白鳥塚古墳 | 観光三重)

地元視点

地元視点

地元では加佐登神社と白鳥塚を一体の「ヤマトタケル終焉の地」として大切にしてきた。神社公式も「ヤマトタケル終焉の地」を掲げ、尊の形見の笠と杖を神体とすること、白鳥塚を能褒野墓と伝えることを由緒として伝える。境内には椎山川中世墓から出土した陶器などを展示する高宮資料館もあり、伝承の地であると同時に地域の歴史を学ぶ場ともなっている。ランニング・ウォーキングのコースとして紹介されるなど、地域の人々の日常の散策路にも組み込まれている。(加佐登神社 公式, 加佐登神社|ランシス)

ベストシーズン

ベストシーズン

境内・古墳は通年見学可。新緑〜紅葉期が散策に快適。白鳥塚の墳丘は落葉期のほうが地形が見やすい。

撮影のコツ

撮影のコツ

白鳥塚古墳の墳丘前面には石柱と注連縄で区切られた拝所があり、これを正面から写すと「もうひとつのヤマトタケルの墓」という伝承の重みが伝わる。神社拝殿、日本武尊像、笠と杖の由緒書きとあわせて撮ると祭祀の特色が分かる。墳丘全体は引いて、樹叢に覆われた小山の姿を収める。

注意事項

注意事項

白鳥塚古墳は墓所・聖域として扱われており、墳丘や拝所に立ち入ったり荒らしたりしないこと。境内は信仰の場のため静かに参拝・見学する。古墳周辺は未舗装・足元の悪い箇所があるため歩きやすい靴で。駐車は神社の指定駐車場を利用する。

関連作品

関連作品

  • - 『古事記』『日本書紀』ヤマトタケル(日本武尊)伝承 — 能褒野での死と白鳥となって飛び去る説話の原典。加佐登神社 - Wikipedia
  • - 能褒野王塚古墳(亀山市・宮内庁治定 能褒野陵)— 加佐登白鳥塚と並立する、もうひとつのヤマトタケル墓伝承地。白鳥塚古墳 | 観光三重
  • - 歌川広重・歌川芳虎ら浮世絵「東海道五十三次 庄野」周辺に描かれた白鳥塚・白鳥明神 — 街道名所として近世にも知られた。加佐登神社 - Wikipedia

トリビア

トリビア

  • - ご神体が刀剣や鏡ではなく、旅の「笠」と「杖」であるのは、各地の神社のなかでも珍しい。
  • - 白鳥塚は長く円墳と考えられていたが、平成17年の調査で帆立貝式前方後円墳と判明した。
  • - 宮内庁が正式な能褒野陵と治定するのは亀山市の能褒野王塚古墳で、加佐登白鳥塚は民間伝承の墓地として並立してきた。

外部レビュー

外部レビュー

出典

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