異界巡礼

BIZARRE JAPAN

名鑑猿島

S P O T / SPOT-223

聖地・ミステリー

猿島

さるしま

猿島は神奈川県横須賀市沖、東京湾に浮かぶ周囲約1.6km・面積約0.055km²の無人島で、自然林を残す東京湾最大の自然島である。縄文期から人の営みがあり、文永8年(1271年)に日蓮上人が白猿に導かれて避難したという伝承が島名の由来とされる。江戸期には春日神社の境内地となり、弘化4年(1847年)には外国船来航に備えて幕府が砲台3基・15門を設置した。嘉永6年(1853年)のペリー艦隊来航時には旗艦が島沖に停泊し「ペリー・アイランド」と呼ばれたが、安政2年の地震で台場は放棄された。明治14年(1881年)に陸軍が東京湾要塞の構成施設として猿島砲台を起工し、明治17年に竣工。フランスで築城工学を学んだ上原勇作の指導下でフランス式築城法が採用され、煉瓦造隧道や砲座、弾薬庫が良好に残る。隧道のフランス積(フランドル積)煉瓦は明治初期にしか採用されなかった希少な組積法で、1884年完成の本隧道は日本最古級とされる。戦後は1961年まで米軍接収を経て、1995年に横須賀市管理、2003年に国から無償譲与され、2015年に国史跡に指定された。現在は三笠桟橋からフェリー約10分でアクセスでき、苔生す煉瓦遺構と植生が織りなす景観が「天空の城ラピュタを思わせる」として人気を集めている。

猿島
Wikimedia Commons / Mobius One / CC BY-SA 4.0

H I G H L I G H T S

見どころ

  • 01フランス積煉瓦造の隧道(全長約90m、1884年完成・日本最古級)
  • 02苔と蔦が絡む第一砲台・第二砲台跡と棲息掩蔽部
  • 03三叉路の兵舎跡に残る刻印煉瓦
  • 04切通しから続く岩盤を削った開削路と植生のコントラスト
  • 05東京湾を望む高台の砲座跡からの眺望

A C C E S S / M E T A

基本情報

所在地
神奈川県 横須賀市
住所
神奈川県横須賀市猿島1
拝観料
フェリー往復大人1,500円・小中学生750円+猿島公園入園料大人500円・小中学生250円(合計大人2,000円)
時間
夏季(3/1〜10/31)猿島行き9:30〜16:30の毎時30分発、帰り9:45〜17:00。冬季(11/1〜2/末)猿島行き9:30〜15:30、帰り9:45〜16:00。荒天時欠航
状態
国史跡(東京湾要塞跡 猿島砲台跡、2015年3月10日指定)・猿島公園として一般公開中
亀山から
亀山ICから新名神・東名・首都高経由で横浜横須賀道路「横須賀IC」まで約400km・約4.5時間。横須賀ICから三笠桟橋まで県道28号で約3km。三笠桟橋からフェリーで約10分。公共交通機関の場合、亀山駅→名古屋→新横浜(新幹線)→横浜→京急横須賀中央駅で約3時間半、駅から桟橋まで徒歩15分
最寄駅
京急本線「横須賀中央駅」(三笠桟橋まで徒歩約15分)/JR横須賀線「横須賀駅」(徒歩約30分)
徒歩
15分
駐車場
三笠桟橋直近に三笠公園駐車場あり。横須賀市役所北口駐車場では航路乗船券提示で200円割引。「ぴぽ320」も乗船半券で割引
所要
2.5〜4時間(フェリー往復20分+島内散策・要塞見学2〜3時間)

D E E P D I V E

深掘り

歴史

歴史

猿島は古代から人の営みがあった島で、Wikipedia 猿島 によれば縄文・弥生時代の土器や人骨が出土している。江戸時代後期、外国船の接近に対する江戸湾防衛の必要から、無人島 猿島 公式 歴史 のとおり弘化4年(1847年)に江戸幕府が3基の台場と15門の砲を設置した。これは日本における近代的な海防砲台のごく初期の事例である。嘉永6年(1853年)、ペリー艦隊が浦賀に来航した際、旗艦サスケハナ号が猿島沖に停泊し、ペリーが島を「ペリー・アイランド」と呼んだという逸話が残る。安政2年(1855年)の安政江戸地震で台場は壊滅的損害を受け、幕府は猿島台場を放棄した。明治期に入り、横須賀市 東京湾要塞跡(猿島砲台跡) のとおり明治14年(1881年)11月に陸軍が東京湾要塞の構成施設として猿島砲台の建設に着工し、明治17年(1884年)6月に竣工した。設計はフランスで築城工学を学んだ陸軍工兵大尉・上原勇作(のちの元帥)が技術指導を行い、フランス式築城法が採用された。第一砲台・第二砲台、砲側弾薬庫、棲息掩蔽部、煉瓦造隧道、二層構造の弾薬元庫、電気灯機関舎などが整備された。太平洋戦争期には海軍に移管され高角砲が配備された。戦後の1947年から1961年まで米軍に接収され、その後民間払い下げを経て、1995年に横須賀市が管理を受託、2003年に国から無償譲与された。文化遺産オンライン によれば、平成27年(2015年)3月10日に「東京湾要塞跡 猿島砲台跡・千代ヶ崎砲台跡」として国史跡に指定された。これは旧軍関連の建造物群として国内最初期の国史跡指定例の一つである。

文化的背景

文化的背景

猿島は単なる軍事遺構ではなく、近代日本の対外防衛意識と築城技術導入史を体現する場所である。土木学会 選奨土木遺産 猿島要塞解説シート によれば、煉瓦造隧道に用いられた「フランドル積(フランス積)」は、長手と小口を1段の中で交互に並べる組積法で、明治初期にフランス人技師が伝えた格調の高い工法だが、施工の手間から日本ではごく短期間しか採用されず、現存例は極めて少ない。猿島の隧道は1884年完成のフランス積煉瓦トンネルとして日本最古級とされる。また島内にはWikipedia 猿島 のとおり、文永8年(1271年)に日蓮上人が房総へ渡る途中に嵐に遭い、白猿の導きでこの島に避難したという伝承があり、島名の由来とされる。江戸期には春日神社の境内地で、現在も島中央部に小祠が残る。

地元視点

地元視点

運営は一般財団法人シティサポートよこすか と株式会社トライアングル、横須賀緑化造園協同組合の共同企業体「パークコミュニティよこすか」が担当している。横須賀市観光情報 猿島公園 によれば、2015年4月から有料化されて以降も入島者は増加し、2017年には年間約18万人に達した。地元では「ラピュタの世界」として観光集客のキラーコンテンツに位置づけられ、ガイドツアーやBBQ、海水浴と組み合わせて売り込んでいる一方、文化財保護と観光利用のバランスが課題で、立入禁止区域(弾薬庫内部・崩落箇所等)の管理は徹底されている。

ベストシーズン

ベストシーズン

4月下旬〜6月上旬の新緑期、または10月〜11月の紅葉期が遺構の煉瓦と植生のコントラストが最も美しい。午前便(9:30〜11:30)で渡り、3時間ほど滞在して14:30前後の便で戻るのが標準的。夏季ハイシーズン(7〜8月)はBBQ客で混雑し、要塞の静謐さを味わいたいなら避けたほうがよい。

撮影のコツ

撮影のコツ

最大の見どころは「切通し」と呼ばれる開削部から続くフランス積煉瓦の隧道。トンネル入口を望遠で抜くと光の収束が美しい。三叉路の兵舎跡では刻印煉瓦が見られる。曇天や雨上がりは煉瓦の色が深まり苔も鮮やかになる。三脚使用は通路を塞がない範囲で。生態系保護のため指定通路から出ない。

注意事項

注意事項

国史跡のため遺構への落書き・損傷は文化財保護法違反。立入禁止区域(崩落危険箇所・弾薬庫内部等)あり。夜間は無人で原則立入不可(最終便は夏季17:00、冬季16:00)。島内に医療機関なし、自動販売機・ビジターセンターはあるが品揃え限定。野生のタイワンリスが多数生息し餌付け禁止。海水浴場は監視員のいる夏季限定。

関連作品

関連作品

  • 上原勇作の築城技術導入史については陸軍築城史の各研究に詳しい。横須賀の近代軍事遺産全般は横須賀市 国史跡東京湾要塞跡 に概説あり。スタジオジブリ『天空の城ラピュタ』との直接の制作上の関連は公式には確認されていないが、視覚的類似が観光文脈で広く語られている。

外部レビュー

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出典

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