異界巡礼

BIZARRE JAPAN

名鑑神岡鉱山跡・茂住坑

S P O T / SPOT-217

心霊・廃墟

神岡鉱山跡・茂住坑

かみおかこうざんあと・もずみこうKamioka Mine Ruins / Mozumi Pit (Super-Kamiokande Site)

奈良時代の養老年間(720年頃)から操業記録が残り、2001年に亜鉛・鉛・銀の採掘を中止した東洋一規模の元鉱山。1874年(明治7年)から三井金属が経営し、総採掘量7,500万トンを誇る。茂住坑の廃坑跡は東京大学宇宙線研究所の世界最大のニュートリノ観測装置「スーパーカミオカンデ」の設置地点として転用され、2015年のノーベル物理学賞(梶田隆章博士)と深く結びついた世界的研究施設となっている。

N O P H O T O

H I G H L I G H T S

見どころ

  • 01世界最大のニュートリノ観測装置「スーパーカミオカンデ」が地下1,000mに設置された茂住坑跡
  • 02神岡鉱山資料館(飛騨市神岡町城ヶ丘)で元禄時代の採掘道具から近代機械まで約300年の鉱山史を展示
  • 03年に一度(11月)のスーパーカミオカンデ一般公開は全国から数千人が応募する人気イベント(事前申込・抽選制)

A C C E S S / M E T A

基本情報

所在地
岐阜県 飛騨市
住所
〒506-1103 岐阜県飛騨市神岡町東茂住(茂住坑口)
拝観料
神岡鉱山資料館:有料(詳細は飛騨市教育委員会に要確認)/ スーパーカミオカンデ一般公開:3,500円(抽選制)
時間
神岡鉱山資料館9:00〜16:30(12〜3月冬季閉館)/ スーパーカミオカンデ一般公開は年1回11月の特定日のみ
状態
閉山中(資料館は冬季閉館・通年見学は限定的)
亀山から
車で約3時間・東名阪→名神→中央道→長野道(松本IC)→国道158号→安房トンネル→国道471号→飛騨市神岡町へ。または新名神→東海北陸道→富山方面→国道41号南下。JRでは飛騨古川駅から車で30分。

D E E P D I V E

深掘り

歴史

歴史

神岡鉱山は奈良時代の養老年間(720年頃)から採掘の記録があり、江戸時代の元禄期(17世紀末〜18世紀初)には手掘りで金・銀を採掘していた。1874年(明治7年)に三井組(後の三井金属鉱業)が経営権を取得し、近代的な採掘技術を導入して急速に拡大。坑道総延長は東京〜山口間の距離に匹敵する約1,000kmに及び、ピーク時には「東洋一の鉱山」と称された。主要な鉱床は栃洞坑・茂住坑・円山坑の3地域。2001年(平成13年)6月に亜鉛・鉛・銀の採掘を中止し、現在は神岡鉱業株式会社(三井金属鉱業の100%子会社)が亜鉛精錬・鉛リサイクルを継続している。茂住坑の廃坑を利用したスーパーカミオカンデは1996年に完成。2015年、梶田隆章博士がニュートリノ振動の発見によりノーベル物理学賞を受賞した際の観測施設として世界的に著名となった。(出典:Wikipedia「神岡鉱山」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%B2%A1%E9%89%B1%E5%B1%B1、三井金属鉱業 https://www.mitsui-kinzoku.com/nobel/page-01/)

文化的背景

文化的背景

かつて鉱山として栄えた神岡は、公害問題でも知られる。三井金属神岡鉱業所が長年にわたり排出したカドミウムが神通川下流域(富山県)を汚染し、イタイイタイ病の原因となった。1968年(昭和43年)に日本初の公害認定を受けたこの事件は、日本の環境行政・公害対策の転換点となった。鉱山跡が「公害の現場」から「ノーベル賞の研究施設」へと転換した歴史は、地域の複雑な記憶を内包している。神岡鉱山資料館では採掘の歴史と技術の変遷が学べるが、カドミウム汚染・イタイイタイ病についての言及は別途自治体資料等で確認する必要がある。

地元視点

地元視点

神岡町の住民にとってスーパーカミオカンデは「世界中から研究者が来る誇りの施設」。年1回の一般公開は地元コミュニティーセンターを発着点に地元バスが運行され、町全体が盛り上がるイベントとなっている。「宇宙まるごと創生塾飛騨アカデミー」などの地元団体が科学普及活動を行っている。