S P O T / SPOT-190
神童寺
しんどうじ/ Shintoji Temple (Temple of the Divine Children)
吉野と密接な関係を持つ修験道の古刹。本堂(重要文化財・1406年再建)を中心に重要文化財の仏像群を収蔵。本尊の蔵王権現像は役行者が神童の助けを借りて刻んだと伝わる。開基については役行者説と聖徳太子説が併存し両者の史料的根拠は弱い。
H I G H L I G H T S
見どころ
- 01本堂(蔵王堂):室町時代・応永13年(1406年)再建・国重要文化財
- 02木造不動明王立像(重要文化財・平安時代・「波切白不動尊」・白色の不動明王は日本唯一)
- 03木造愛染明王坐像(重要文化財・平安時代・「天弓愛染」・天に向かって矢を射る姿は日本に4体のみ)
- 04修験道の霊地・大和国吉野の金峰山と深い縁を持つ北吉野山
- 05有栖川宮御祈願所・菊花御紋章の幕を下賜された格式ある寺院
A C C E S S / M E T A
基本情報
- 所在地
- 京都府 木津川市
- 住所
- 京都府木津川市山城町神童子不晴谷112
- 拝観料
- 境内自由(収蔵庫拝観は事前確認要)
- 時間
- 日中拝観(詳細は要確認)
- 状態
- 現存(拝観可)
- 亀山から
- 亀山ICから車で約60分(名阪国道→国道163号経由)
D E E P D I V E
深掘り
歴史
歴史
「北吉野山神童寺縁起」によれば聖徳太子の創建・大観世音教寺と称したという。別の伝承では天武天皇4年(675年)に役行者が入山・2人の神童の助力で蔵王権現像を刻み「神童教護国寺」と称したとされる。この地に吉野金峰山を拠点とする修験者集団の勢力が及び修験道の道場として栄えた。治承4年(1180年)平資盛の兵火で一山26坊が全焼。建久元年(1190年)源頼朝が再建。元弘元年(1331年)元弘の乱で再び焼失・応永13年(1406年)興福寺官務懐乗越前が現在の本堂(蔵王堂)を再建した。江戸時代には有栖川宮御祈願所として菊花御紋章の幕を下賜。
宗教
宗教
真言宗智山派。本尊:蔵王権現(修験道の本尊・役行者が刻んだとされる)。大和国吉野・金峰山の修験道と深い関係を持ち「北吉野山」の山号もそれを示す。蔵王権現は釈迦如来(過去)・千手観音(現在)・弥勒菩薩(未来)の三仏を一体に顕した修験道固有の本尊。
建築
建築
本堂(蔵王堂):応永13年(1406年)興福寺官務懐乗越前による再建・国重要文化財(附:棟札・銘札・旧鬼瓦)。護摩堂(木津川市指定有形文化財・江戸時代)。表門(木津川市指定有形文化財・江戸時代)。境内に十三重石塔・五重石塔・地蔵堂・鐘楼・収蔵庫。
文化財
文化財
重要文化財(国指定):本堂(蔵王堂・1406年)・木造愛染明王坐像(平安時代・天弓愛染・天に向かって矢を射る姿は日本に4体のみ・白色の重文は本像のみ)・木造不動明王立像(平安時代・波切白不動尊・白色の不動明王は日本に本像のみ)・木造阿弥陀如来坐像(平安時代)・木造毘沙門天立像(平安時代)・木造日光菩薩立像(平安時代)・木造月光菩薩立像(平安時代)・木造伎楽面(1196年)。木津川市指定有形文化財:護摩堂・表門。
注意事項
注意事項
役行者開基(675年)・聖徳太子開基の両伝承は「不確かな情報」であり・いずれも後世に作成された縁起文書に依拠するもので同時代史料による裏付けはない。両伝承が縁起上で「並立」している点も史料的な複雑さを示している。訪問記事等でこれらを確定事実として記述することは避けること。