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名鑑修禅寺・指月殿(源氏鎮魂)

S P O T / SPOT-180

土俗・奇祭

修禅寺・指月殿(源氏鎮魂)

しゅぜんじ・しげつでん(げんじちんこん)

静岡県伊豆市修善寺に鎮座する曹洞宗の古刹。大同2年(807年)、弘法大師空海が創建したと伝えられる(寺伝)。源頼朝の異母弟・源範頼と嫡男・源頼家が相次いで幽閉・謀殺された「源氏鎮魂の地」として知られる。鎌倉幕府第2代将軍・源頼家は元久元年(1204年)、北条氏の放った刺客に入浴中を襲われ暗殺された。指月殿は頼家の冥福を祈った母・北条政子が建立した経堂で、伊豆最古の木造建築物。岡本綺堂の戯曲『修禅寺物語』の舞台であり、温泉街の中心に立つ歴史的宗教空間。

N O P H O T O

H I G H L I G H T S

見どころ

  • 01源範頼・源頼家が幽閉・謀殺された鎌倉幕府権力闘争の現場——源氏滅亡の悲劇の地
  • 02北条政子が頼家追善のために建立した指月殿——伊豆最古の木造建築物(鎌倉初期建立)
  • 03「頼家の面」(幽閉中に自ら彫ったとされる木彫り面)を収める宝物殿と、岡本綺堂の戯曲『修禅寺物語』

A C C E S S / M E T A

基本情報

所在地
静岡県 伊豆市
住所
〒410-2416 静岡県伊豆市修善寺964
拝観料
修禅寺境内:無料(宝物殿有料)、指月殿:無料
時間
修禅寺 境内自由(宝物殿 9:00〜16:00)
状態
現存(本堂は明治16年再建、指月殿は鎌倉時代原建)
亀山から
車で約3時間30分〜4時間(東名阪→東名→沼津IC→伊豆縦貫道→修善寺IC→伊豆市修善寺)

D E E P D I V E

深掘り

歴史

歴史

修禅寺の寺伝によれば、延暦10年(791年)に18歳の弘法大師空海が修行し、大同2年(807年)に伽藍を建立したのが起源とされる(修禅寺公式)。平安・鎌倉初期は真言宗に属し「桂谷山寺」と呼ばれた。建長年間(1249〜1255年)に蘭渓道隆が入山して臨済宗に改宗し、長享3年(1489年)に北条早雲が曹洞宗の隆渓繁紹を招いて曹洞宗寺院として再興した(Wikipedia「修禅寺」)。源範頼(頼朝の異母弟)は建久4年(1193年)に謀反の疑いをかけられて修禅寺塔頭・信功院(現・日枝神社)に幽閉され、後に誅殺されたと伝わる(史料上は不確かな情報、子孫が御家人として存続するという事実から生存説もある)。源頼家は比企氏・北条氏の争いで将軍の座を追われ、修禅寺に幽閉されて元久元年7月18日(1204年8月14日)、入浴中を北条氏の手兵に襲われて殺害された(修禅寺公式Wikipedia「修禅寺」)。指月殿は頼家の七回忌に北条政子が建立した経堂で、宋版放光般若経・釈迦三尊繍仏も合わせて寄進され(伊豆市観光情報)、伊豆最古の木造建築物とされる。

文化的背景

文化的背景

修禅寺は鎌倉幕府の権力闘争の現場として歴史的意義を持ちながら、弘法大師開基と曹洞宗という二重の宗教的権威を纏う複合的な聖地である。頼家の幽閉・暗殺は北条氏による将軍権力の掌握という歴史的事件の縮図であり、「尼将軍」北条政子による追善供養(指月殿建立・宋版大蔵経奉納)は権力者の罪悪感と鎮魂の宗教的実践として理解できる。岡本綺堂は1908年(明治41年)に修禅寺滞在中に「頼家の面」を拝観し、それを基に戯曲『修禅寺物語』(1911年)を執筆した。この作品は現代でも歌舞伎・新国劇の定番演目として上演される。境内の国指定重要文化財「木造大日如来坐像」(承元4年・1210年、仏師実慶作)は、像内から女性の毛髪三束を包んだ錦の布が発見されており、その謎が信仰の深さを示す(Wikipedia)。

地元視点

地元視点

伊豆市観光情報(伊豆市 指月殿)は指月殿を「伊豆最古の木造建築物」として紹介し、堂内の釈迦如来坐像(右手に蓮の花を持つ珍しい禅宗式)と頼家の墓を案内する。修禅寺では毎年4月21日に弘法忌・8月21日に例祭が行われ、毎月21日(4月・8月除く)に弘法市(朝市)が開かれる(Wikipedia「修禅寺」)。温泉街の独鈷の湯(弘法大師が岩を砕いて湧かしたと伝わる湯)が境内に隣接し、信仰の場と温泉文化が一体となった景観を形成している。

ベストシーズン

ベストシーズン

11月の紅葉時(境内の桂の木・楓が見事)と4月の弘法忌前後が最適。早朝は観光客が少なく、境内の静寂を体験できる。

撮影のコツ

撮影のコツ

本堂正面と独鈷の湯の構図が代表的。指月殿は桂川を渡った先の鹿山(塔の峰)麓にあり、虎渓橋からの構図が映える。頼家の墓と指月殿の経堂を合わせた構図は静寂の中での撮影が相応しい。

注意事項

注意事項

修善寺温泉街は観光客が多い。指月殿は独立した経堂のため訪問時は静粛に。頼家の墓は指月殿の向かって左手にあり、私語を慎んだ参拝が求められる環境。

関連作品

関連作品

  • - 岡本綺堂『修禅寺物語』(1911年)——頼家の幽閉・死を題材とした戯曲、歌舞伎の定番演目
  • - 川端康成『伊豆の踊子』(1926年)——修善寺温泉を舞台の一つとする
  • - 木造大日如来坐像(国指定重要文化財、承元4年・1210年、仏師実慶作)

トリビア

トリビア

  • - 国指定重要文化財の木造大日如来坐像(像内に女性の毛髪三束)は承元4年(1210年)の銘があり、その年に頼家の妻が出家していることが「修禅寺公式」で指摘されている。
  • - 指月殿の釈迦如来坐像は右手に蓮の花を持つ珍しい形式で、静岡県の有形文化財(彫刻)に指定されている。
  • - 蘭渓道隆が入山した際、南宋の皇帝から「大宋勅賜大東福地肖盧山修禅寺」という額を賜り、中国にまで修禅寺の名が伝わったとされる(Wikipedia)。

外部レビュー

外部レビュー

出典

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