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名鑑田峯観音・田峯城跡

S P O T / SPOT-177

土俗・奇祭

田峯観音・田峯城跡

だみねかんのん・だみねじょうあと

愛知県設楽町田峯集落に鎮座する谷高山高勝寺(田峯観音)と、その境内に接する田峯城跡のセット。田峯観音は慶雲2年(705年)勧進の松芽観世音菩薩を本尊とし、文明2年(1470年)に田峯城主・菅沼定信が城の鎮護のために伽藍を整備した。毎年2月に行われる例大祭では「田峯田楽」(国指定重要無形民俗文化財「三河の田楽」の一部)と「田峰観音奉納歌舞伎」(国指定重要無形民俗文化財)が奉納される。歌舞伎は正保元年(1644年)の御料林誤伐事件を機に村人が観音に誓願し、以来380年以上一度も途絶えたことがない奉納芸能。田峯城は武田・徳川の係争地として歴史に登場し、勝頼の入城拒否事件で知られる。

N O P H O T O

H I G H L I G H T S

見どころ

  • 01460年以上続く「田峯田楽」(国重要無形民俗文化財)と370年以上続く奉納歌舞伎(国重要無形民俗文化財)が同日に行われる例大祭
  • 02「真夏に雪が降り代官の検分を免れた」御霊験伝説に起源を持つ奉納歌舞伎——「村が3軒になるまで続ける」という誓いの芸能
  • 03武田勝頼が入城を拒絶された奥三河の山城・田峯城跡(本丸御殿・大手門・搦手門を復元)

A C C E S S / M E T A

基本情報

所在地
愛知県 北設楽郡設楽町
住所
〒441-2221 愛知県北設楽郡設楽町田峯字鍛治沢14(田峯観音)
拝観料
田峯観音:無料(境内自由)、田峯城跡:見学無料
時間
田峯城跡 9:00〜16:00
状態
現存(田峯城跡は復元)
亀山から
車で約2時間30分(東名阪→東名→豊川IC→国道151号→設楽町方面)

D E E P D I V E

深掘り

歴史

歴史

田峰観音(高勝寺)の寺伝によれば、慶雲2年(705年)3月17日に宝飯郡行明から松芽観世音菩薩を勧進したのが起源。文明2年(1470年)、田峯菅沼家の祖・菅沼定信が田峯城を築城した際、城の鎮護のために京都より十一面観世音菩薩を勧進し、高勝寺の伽藍を整備した(Wikipedia「田峰観音」)。永禄2年(1559年)、城主の菅沼定忠が南設楽郡大輪村の薬師堂から田楽を移したことで田峯田楽が始まった。正保元年(1644年)、日光寺再建のための段戸山御料林誤伐事件が起き、村人たちが田峯観音に「村が3軒になるまで歌舞伎を奉納する」と誓願した。翌年の旧暦6月(真夏)に雪が降り、代官の山林検分が阻まれて村は咎めを免れたという御霊験伝承により、1665年から奉納歌舞伎が始まった(愛知芸術教養学科卒業研究)。田峯城は1571年に城主菅沼定忠が徳川から武田方に鞍替えし、1575年の長篠の戦いで武田が敗れた際、武田勝頼は田峯城への入城を求めたが留守を守った定忠の叔父・定直らが入城を拒絶したという事件で知られる(愛知歴史観光 田峯城)。

文化的背景

文化的背景

「三河の三田楽」(田峯田楽・鳳来寺田楽・黒沢田楽)はいずれも国の重要無形民俗文化財に指定されており、田峯田楽は昭・夜・朝の三部構成で世襲の田楽衆と当番制の組持ちによって実施される(京都芸術大学卒業研究)。奉納歌舞伎は素人歌舞伎で、江戸時代からの戦時中も一度も中断しなかったことが地域の誇りとなっている。この継続は単なる伝統継承ではなく、観音への誓いという宗教的契約としての性格を持つ。田楽は1559年から460年以上、歌舞伎は1665年から370年以上継続されており、両者が同日の例大祭で奉納される複合的な場として田峯観音は奥三河の民俗芸能の核心地である。

地元視点

地元視点

設楽町観光協会(TEL: 0536-62-1000)と高勝寺(TEL: 0536-64-5028)が例大祭を共同で案内している。田峯観音の梵鐘(文明13年・1481年)は北設楽郡内最古の梵鐘として愛知県有形文化財に指定されており、太平洋戦争の金属供出を歴史的価値を認められて免れた(Wikipedia「田峰観音」)。田峯城は愛知県によって本丸御殿・大手門・搦手門が復元され、一般公開されている(愛知歴史観光)。

ベストシーズン

ベストシーズン

例大祭(毎年2月第2日曜前後)が田楽・歌舞伎を同時見学できる最適機会。桜の季節(4月上旬)も境内の樹齢600年以上の鳥居杉が見事。

撮影のコツ

撮影のコツ

田峯観音境内正面の鳥居杉(樹齢600年超)と本堂の構図が代表的。歌舞伎舞台は屋外小屋で、演目中の自然光撮影が可能。田峯城の本丸跡からは設楽町の山並みが一望できる。

注意事項

注意事項

例大祭(2月)の日程は毎年設楽町観光協会(TEL: 0536-62-1000)または高勝寺(TEL: 0536-64-5028)で確認のこと。田峯城跡は山城で石段が多く、降雪・凍結期の訪問は注意が必要。公共交通機関は豊鉄バス田口線「田峯」下車後、徒歩約20分。

関連作品

関連作品

  • - 愛知県教育委員会「三河の田楽」文化財指定関連資料
  • - 文化遺産オンライン「田峰の田楽」(文化遺産オンライン
  • - Aichi Now「田峰観音奉納歌舞伎」(Aichi Now

トリビア

トリビア

  • - 田峯田楽は永禄2年(1559年)以来続く460年以上の歴史を持ち、田峯城主の菅沼定忠が南設楽から移したのが起源とされる。
  • - 北設楽郡内最古の梵鐘(文明13年・1481年)は太平洋戦争の金属供出を免れて現存する。
  • - 菅沼氏は今川・武田・織田・徳川の間を政治的に揺れ動いた奥三河の小領主で、田峯城はその本城として戦国期の東三河の係争史を体現している。

外部レビュー

外部レビュー

出典

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