異界巡礼

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名鑑野間大坊(大御堂寺)

S P O T / SPOT-173

土俗・奇祭

野間大坊(大御堂寺)

のまだいぼう(おおみどうじ)Noma Daibo (Oomido-ji Temple)

真言宗豊山派の古刹。正式名称は鶴林山無量寿院大御堂寺(おおみどうじ)で、天武天皇の時代(673〜686年)に建立されたと伝わる。日本史上の重大な一場面——平治元年(1159年)の平治の乱に敗れた源義朝が家臣・長田忠致の裏切りにより入浴中に謀殺された地として知られ、境内に義朝の墓所がある。義朝が最期に叫んだ「我れに木太刀の一本なりともあれば」という言葉から、参拝者が義朝の墓前に木刀(幅約3cm・長さ約40cm)を奉納する独特の信仰習慣が生まれ、墓前には無数の木刀が山積みされた異形の景観が形成されている。鐘楼堂の梵鐘(建長2年・1250年銘)は国重要文化財。

N O P H O T O

H I G H L I G H T S

見どころ

  • 01源義朝墓所——平治の乱の敗将の死地に積み重なる無数の木刀(義朝の最期の言葉に由来する奉納)
  • 02「血の池」——義朝の首を洗ったとされる池(国に変事があると水が赤くなるとの伝説)
  • 03梵鐘(国重要文化財・建長2年・1250年銘)——愛知県最古級の現役梵鐘

A C C E S S / M E T A

基本情報

所在地
愛知県 知多郡美浜町
住所
〒470-3235 愛知県知多郡美浜町野間東畠50
拝観料
境内自由(本堂のみ参拝料500円)
時間
境内終日。本堂:10月〜2月 7:00〜17:00、3月〜9月 6:00〜18:00。年中無休
状態
現存
亀山から
車で約1時間30分〜2時間(伊勢湾岸→知多半島道路→南知多道路美浜ICより約15分)

D E E P D I V E

深掘り

歴史

歴史

寺の歴史は天武天皇(673〜686年)の時代に「阿弥陀寺」として建立されたことに始まる。その後、弘法大師(空海)が一千座の護摩を焚いたと伝わり、承暦年間(1077〜1081年)に白河天皇の皇室繁栄を祈願する勅願寺「大御堂寺」と改称された。平治元年(1159年)、平治の乱に敗れた源義朝が長田忠致の館(現在の野間付近)に身を寄せたが、正月の初湯(風呂)に招かれて謀殺された。この時、義朝は「我れに木太刀の一本なりともあれば」と無念を叫んだとされる。義朝の墓は荒廃していたが、平家物語にも登場する平康頼が尾張守として赴任中に小堂を建て田30町を寄進した。建久元年(1190年)、頼朝が上洛の折に父の墓に参拝し、感謝・供養のために伽藍を整備・七堂伽藍を造営した。その後、豊臣秀吉・徳川家康の庇護を受けた。野間大坊公式「野間大坊とは」Wikipedia「野間大坊」

文化的背景

文化的背景

木刀奉納の信仰は「無念の代弁」という日本の奉納文化の典型例である。武器を持てなかった武将の無念に共感し、木刀という象徴的な武器を供えることで「義朝に加勢する」という参拝行為は、現代でも継続されている。この奉納習慣は単純な「お供え」を超え、歴史的敗者への追悼・共感を可視化した民俗信仰の形態として解釈できる。義朝の墓に隣接して、家臣・鎌田政清夫妻の供養塔、義朝の墓を整備した平康頼の供養塔、そして豊臣秀吉に敗れてこの地で自害した織田信孝の墓もあり、歴史的敗者が連なる独特の霊場を形成している。

地元視点

地元視点

美浜町観光協会・あいち美浜観光協会は野間大坊を美浜町の最重要観光資産として積極的に紹介している。毎年1月3日は源義朝の命日(寺では「1月3日」を採用)として法要が営まれ、地元の人々と参拝者が訪れる。本堂では「絵解き」(義朝最期の解説)を事前申込・有料で体験できる。Aichi Now「野間大坊(大御堂寺)」美浜町観光協会「野間大坊」

ベストシーズン

ベストシーズン

1月3日(義朝命日・法要)、または静かに参拝したいなら平日午前。梅や桜の開花期に境内が明るくなる。

撮影のコツ

撮影のコツ

義朝の墓前に積み重なった無数の木刀が最大の被写体。墓石を中央に、木刀を前景・周囲に配した縦位置構図が推奨。血の池は小さな池で、東屋周辺の緑と組み合わせる。本堂内は拝観料が必要なため受付で確認。

注意事項

注意事項

境内は終日自由に入れるが、本堂内参拝には500円の参拝料が必要。正月期間(12月25日〜31日)は完全予約制。駐車場は無料で300台分あり(大型バスも可)。南知多道路「美浜IC」または「南知多IC」から車で約10〜15分。

関連作品

関連作品

  • - 『吾妻鏡』建久元年10月25日条(頼朝の野間参拝記録)
  • - 『平家物語』(平康頼の鬼界ヶ島流罪・義朝墓の整備記録)
  • - NHK大河ドラマ「平清盛」(2012年)——義朝役・玉木宏が撮影前に墓参したとの記録あり

トリビア

トリビア

  • - 梵鐘(国重文・建長2年・1250年)は愛知県で最古級の梵鐘で、現役で使用されている。
  • - 境内には鎌倉時代初期の義朝の大門(頼朝寄進と伝わる)跡もある。
  • - 義朝の墓は美浜町野間東畠ケ4-2、血の池は美浜町野間東畠ケ64-1と独立した場所にある。

外部レビュー

外部レビュー

出典

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