異界巡礼

BIZARRE JAPAN

名鑑大樹寺

S P O T / SPOT-168

土俗・奇祭

大樹寺

だいじゅじDaijuji Temple

松平家・徳川将軍家の菩提寺。文明7年(1475年)、松平家4代・松平親忠が戦死者供養のため創建した浄土宗の名刹。最大の見どころは二つある。一つは、初代家康から14代家茂まで徳川歴代14将軍の等身大位牌——15代慶喜の位牌はない——が安置される位牌堂で、最も低いのは7代家継の135cmという将軍の実身長を今に伝える資料。もう一つは「ビスタライン」:本堂から三門・総門を通して約3km先の岡崎城天守を一直線に見通せる視軸で、3代将軍家光が1636年(寛永13年)に伽藍を配置した際の設計に由来し、現在は岡崎市の景観条例で法的に保護されている。

N O P H O T O

H I G H L I G H T S

見どころ

  • 01徳川歴代14将軍の等身大位牌——幕府将軍の実身長を物語る唯一の連続資料
  • 02約380年間守られてきた「ビスタライン」——門越しに岡崎城を望む3kmの視軸
  • 03国指定重要文化財の多宝塔(天文4年・1535年)と冷泉為恭筆の障壁画49面

A C C E S S / M E T A

基本情報

所在地
愛知県 岡崎市
住所
〒444-2121 愛知県岡崎市鴨田町字広元5-1
拝観料
宝物殿・大方丈拝観 大人500円、小中学生300円、幼児無料(境内無料)
時間
9:00〜16:00(拝観受付は15:30まで)、年中無休
状態
現存
亀山から
車で約1時間30分(東名阪自動車道→伊勢湾岸自動車道→東名高速道路岡崎IC、ICより約20分)

D E E P D I V E

深掘り

歴史

歴史

正式名称は成道山松安院大樹寺(じょうどうさんしょうあんいんだいじゅじ)。文明7年(1475年)、松平家4代・松平親忠が開基し、勢誉愚底(せいよぐてい)が開山した。開基年については応仁元年(1467年)説もある(Wikipediaほか)。松平氏の菩提寺として代々の庇護を受け、徳川家康が桶狭間の戦い後の退却先として当寺に身を寄せ、住職に命を救われた(いわゆる「厭離穢土欣求浄土」説話)という逸話が伝わる。3代将軍家光は寛永13年(1636年)に大造営を開始し、「祖父生誕の地を望めるように」との想いで、本堂から三門・総門を通して岡崎城天守を望む伽藍配置を実現した。この視軸が現在「ビスタライン」と呼ばれる。Wikipedia日本語版「大樹寺」岡崎市公式「ビスタライン」

文化的背景

文化的背景

ビスタラインの概念は「眺望・展望(vista)」を意味し、江戸時代以来の住民が高層建築を自主的に抑制することで約380年間維持されてきた。その後、2012年(平成24年)に岡崎市景観計画が策定されて法的根拠が生まれ、2018年には高さ規制が勧告から命令(強制力)へ格上げされた。ビスタライン上に位置する大樹寺小学校は校舎とプールをつなぐ渡り廊下が景観を遮るため、代わりに地下通路を設置するという対応をとっている。等身大位牌は江戸幕府の正統性を可視化する装置でもあり、将軍の身体と霊魂を一か所に象徴的に集結させた霊廟文化の表現といえる。岡崎市公式「ビスタライン」Wikipedia「大樹寺」

地元視点

地元視点

岡崎市・岡崎観光協会はビスタラインを市の象徴的景観として積極的に周知し、道路上には「ビスタライン」と刻んだ金属鋲(直径5cm)が92か所設置されている。観光協会公式サイト「岡崎おでかけナビ」では「門越しに望む岡崎城は、まるで額の中の絵のよう」と表現し、市民共有の歴史資産として位置づけている。岡崎おでかけナビ「大樹寺」岡崎市まちづくり推進課

ベストシーズン

ベストシーズン

午前中(9〜11時)、晴天日が最適。三門前の視点場から岡崎城天守を確認できる。紅葉期(11月)は周辺の色彩が加わり視覚的に豊か。正月・大河ドラマ放送期間中は混雑する。

撮影のコツ

撮影のコツ

三門前の「ビスタライン鋲」の位置に立ち、総門の開口部の中央に岡崎城天守が収まる構図が定番。望遠(200mm以上)推奨。位牌堂は撮影制限があるため受付で確認すること。

注意事項

注意事項

乗用車駐車場は1時間500円(以降30分200円)で有料。境内は無料だが宝物殿・大方丈拝観には入場料が必要。境内・参拝は自由だが、撮影制限のある場所は案内に従うこと。

関連作品

関連作品

  • - 岡崎市「ビスタライン詳細平面図」(測量調査報告書、岡崎市都市整備部まちづくり推進課)
  • - 岡崎市景観計画(平成24年・2012年策定、平成30年・2018年改正)
  • - 大樹寺文書(愛知県指定有形文化財)
  • - 『三河後風土記』(松平氏の菩提寺としての記述)

トリビア

トリビア

  • - 将軍位牌で最も身長が低いのは7代・家継(135cm、満6歳で薨去)。最も高いのは2代・秀忠(160cm)。
  • - 吉宗は身長六尺(約180cm)とも伝わるが、位牌の高さは155.5cmにとどまる(不確かな情報:身長の史料的根拠は不詳)。
  • - 岡崎城は廃城令(1873〜74年)で解体されたが、1959年(昭和34年)に天守閣が再建されビスタラインも復活した。

外部レビュー

外部レビュー

出典

出典