S P O T / SPOT-071
聚楽園大仏
しゅうらくえんだいぶつ
1927年(昭和2年)5月21日、昭和天皇のご成婚を記念して開眼された鉄筋コンクリート造の大仏。名古屋の実業家・山田才吉が私財を投じて建立し、像高約18.79mは奈良・鎌倉の大仏を上回る規模。聚楽園公園(しあわせ村)の小高い丘に鎮座し、東海市のシンボルとして親しまれる戦前コンクリート大仏の代表例。表情は穏やかで、近代日本の私財奉納による巨大宗教建造物として民俗・産業史的にも貴重。

H I G H L I G H T S
見どころ
- 011927年開眼・像高18.79mの戦前コンクリート大仏
- 02名古屋実業家・山田才吉が昭和天皇ご成婚を記念して建立
- 03東海市のシンボルとして公園内に静かに鎮座
A C C E S S / M E T A
基本情報
- 所在地
- 愛知県 東海市
- 住所
- 愛知県東海市荒尾町西廻間2-1(聚楽園公園・しあわせ村)
- 拝観料
- 無料(公園内・外観見学自由)
- 時間
- 公園自由(24時間屋外見学可能・公式要確認)
- 状態
- 現存
- 亀山から
- 車で約70分(東名阪→伊勢湾岸道方面)
- 駐車場
- 公式情報を要確認
- 所要
- 60〜90分
D E E P D I V E
深掘り
歴史
歴史
聚楽園大仏は1927年(昭和2年)5月21日、昭和天皇のご成婚を記念して開眼された鉄筋コンクリート造の阿弥陀如来坐像。名古屋の実業家・山田才吉が私財を投じて建立した。像高は約18.79mで、奈良・鎌倉の大仏を上回る規模を持つ戦前期コンクリート大仏の代表例として知られる。所在地の聚楽園は山田才吉が経営した温泉旅館・遊園地に由来する地名で、現在は東海市が整備する聚楽園公園・健康ふれあい交流館「しあわせ村」の一画に鎮座する。東海市公式、Wikipedia日本語版
文化的背景
文化的背景
近代日本における大仏造立は、伝統的な寺社による発願ではなく、民間実業家の私財奉納によるモニュメント建立として展開した側面を持つ。聚楽園大仏は鉄筋コンクリートという当時の新素材を用いた巨大宗教建造物の事例として、戦前の産業近代化と仏教信仰の交差点に位置づけられる。岐阜大仏(乾漆造)・牛久大仏(青銅)など他地域の近代大仏群と比較する文脈でも参照される。
地元視点
地元視点
東海市は聚楽園大仏を市のシンボルの一つとして紹介しており、周辺は健康ふれあい交流館「しあわせ村」として整備されて市民の憩いの場になっている。観光名所としての押し出しは強くないが、地元では昭和初期からの景観の一部として親しまれている。東海市公式
ベストシーズン
ベストシーズン
桜の季節(4月上旬)と晴天の昼前後。背後の樹木と像のスケール感を確認しやすい。
撮影のコツ
撮影のコツ
正面下からの仰角構図でスケール感が出る。背後の桜・新緑・公園の遊歩道を絡めると季節感が出る。周辺住民・公園利用者のプライバシーに配慮。
注意事項
注意事項
公園内の他の利用者(散歩・健康施設利用者)に配慮。三脚使用・ドローン飛行は事前に施設管理者へ確認。夜間は照明が限定的のため足元注意。
関連作品
関連作品
- - 『聚楽園大仏』日本語版ウィキペディア
- - 東海市公式サイト 聚楽園大仏紹介ページ
トリビア
トリビア
- - 像高約18.79mは奈良大仏(約14.98m)・鎌倉大仏(約11.31m)を上回る。
- - 建立者・山田才吉は名古屋の実業家で、缶詰・醤油など食品事業で財を成した。
- - 開眼日の1927年5月21日は昭和天皇ご成婚に合わせた記念日。
出典
出典
- - https://www.city.tokai.aichi.jp/shisei/1003593/1003640/1003656.html
- - https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%9A%E6%A5%BD%E5%9C%92%E5%A4%A7%E4%BB%8F