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名鑑竹田城跡(天空の城)

S P O T / SPOT-034

聖地・ミステリー

竹田城跡(天空の城)

たけだじょうあと

秋〜春の早朝、雲海が城を包む「天空の城」として世界的に有名。しかしその正体は室町時代の廃城(廃墟)であり、石垣のみが残る。雲海の中に浮かぶ廃城の光景は「日本のマチュピチュ」と称されるが、実際は「廃墟が雲に浮いている」という珍スポット的な光景でもある。深夜から山に登って夜明けを待つ体験は「一生一度」の強度を持つ。

竹田城跡(天空の城)
Wikimedia Commons / Wikipedia contributor / CC BY-SA

H I G H L I G H T S

見どころ

  • 01深夜から山に登って「雲海の中の廃城」を待つ究極の体験
  • 02石垣しか残らない廃墟が世界的観光地になった逆説
  • 03雲海の中に浮かぶ城址という非現実的すぎる光景

A C C E S S / M E T A

基本情報

所在地
兵庫県 朝来市
住所
〒669-5252 兵庫県朝来市和田山町竹田古城山169
拝観料
大人500円
時間
3月〜12月(季節変動あり)
状態
現存
亀山から
車で約2時間(名阪国道→阪神高速→播但道)
最寄駅
JR播但線「竹田駅」
駐車場
山城の郷駐車場(有料)・竹田駅周辺駐車場あり
所要
2〜3時間

D E E P D I V E

深掘り

歴史

歴史

竹田城跡は、兵庫県朝来市の古城山山頂に築かれた中世山城で、朝来市公式サイトは起源を嘉吉年間(1441〜1443年頃)、当時の但馬守護・山名宗全が配下の太田垣氏に築かせたのが始まりとし、太田垣氏が7代にわたり城主を務めたと説明する(口碑を含む)朝来市公式「竹田城の歴史」。一方で、築城当初の姿は不明点が多く、山麓からの出入口を押さえる前線基地として発展し、天正8年(1580年)の羽柴秀吉による但馬攻めで太田垣氏は退いた朝来市公式「竹田城の歴史」。その後、羽柴秀長・桑山重晴を経て、天正13年(1585年)に赤松広秀(斎村政広)が入城し、現存する石垣遺構はこの時期に整備されたとみられる朝来市公式「竹田城の歴史」。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦い後に廃城となり、昭和18年(1943年)に国史跡指定、平成21年(2009年)に追加指定を受けた朝来市教育委員会資料

文化的背景

文化的背景

竹田城跡は、但馬・播磨・丹波の境目を見渡す要衝に築かれた軍事拠点であると同時に、廃城後は石垣だけが残る「余白の風景」として再解釈され、雲海と結びついて観光資源化した点に特徴がある朝来市公式「竹田城の歴史」。霧が出やすい盆地地形と山城の輪郭が重なり、近代以降に「天空の城」として神秘化されたことで、歴史遺構が地域アイデンティティの核になった兵庫観光Navi

地元視点

地元視点

朝来市は公式サイトや観覧案内を通じて、入城時間・登山ルート・注意点を細かく案内し、史跡保全と観光の両立を図っている朝来市公式ホームページ。地元では「雲海が出るかどうか」を含めて季節の名物として扱われ、早朝登城や立雲峡からの眺望を目当てに来る人を受け入れる体制が続いている兵庫観光Navi

ベストシーズン

ベストシーズン

9月下旬〜11月下旬の明け方〜8時前。雲海狙いなら無風で寒暖差の大きい早朝。

撮影のコツ

撮影のコツ

立雲峡の展望台からは城跡全景、竹田城跡内では南千畳・本丸から城下町を俯瞰できる。雲海は逆光になりやすいので日の出直後が狙い目。城跡内は立入禁止柵と遺構保護表示を越えないこと。

注意事項

注意事項

石垣は保存対象なので、柵越え・石垣への登攀・三脚の置き場所には注意する。早朝は暗く足元が悪いため、登山道では譲り合いを守り、静かな見学を心がける。

関連作品

関連作品

トリビア

トリビア

  • - 「天空の城」より先に、古くは縄張りが虎の姿に見えることから「虎臥城」と呼ばれた。
  • - 2007年ごろの雲海写真報道が、全国的な知名度拡大の契機になったとされる。
  • - 立雲峡は城跡そのものではなく、雲海に浮かぶ竹田城跡を正面から見る定番展望地。

外部レビュー

外部レビュー

出典

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