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名鑑湯の山温泉廃墟群(杉屋旅館等)

S P O T / SPOT-020

心霊・廃墟

湯の山温泉廃墟群(杉屋旅館等)

ゆのやまおんせんはいきょぐん

江戸元禄時代から続いた湯の山温泉の中でも最古の旅館「杉屋旅館」を含む廃墟群。温泉街の衰退により複数の旅館・ホテルが廃業・廃墟化し、かつての賑わいと現在の荒廃のコントラストが独特の空気を醸す。2025年にはホラーイベント会場として活用され「最恐心霊ツアー」が開催されるなど、廃墟の「観光資源化」が進んでいる先駆的事例。亀山市から車で約30分というアクセスも魅力。

湯の山温泉廃墟群(杉屋旅館等)
Wikimedia Commons / panoramio contributor / CC BY-SA

H I G H L I G H T S

見どころ

  • 01300年続いた旅館の廃墟という歴史の重み
  • 02心霊スポットとしての噂と、公式ホラーイベントという二面性
  • 03温泉街の観光衰退を如実に示す「消えた繁栄」

A C C E S S / M E T A

基本情報

所在地
三重県 三重郡菰野町
住所
三重県三重郡菰野町菰野8540(杉屋旅館)他
拝観料
公式ホラーツアー参加(要事前申込)
時間
特定ツアー開催日のみ
状態
廃墟化
亀山から
車で約30分
最寄駅
近鉄湯の山線「湯の山温泉駅」
徒歩
15分
駐車場
近隣の湯の山温泉観光駐車場(有料)
所要
外観のみ15〜30分

D E E P D I V E

深掘り

歴史

歴史

湯の山温泉は、史料上は貞享4年(1687年)に8戸の湯屋が開かれたことが確認でき、江戸元禄期創業とされる杉屋旅館はその初期を代表する老舗の一つである。三重県文化振興事業団 によれば、温泉の起源には奈良時代・養老2年(718年)、淨薫和尚が薬師如来のお告げで発見したという伝承と、傷ついた鹿が湯で傷を癒した「鹿の湯」伝説がある。江戸期には菰野藩の保護のもと湯宿が整備され、湯の山の名は伊勢・北伊勢の湯治場として定着した。明治10年(1877年)の西南戦争後には傷病兵の臨時療養所が置かれ、療養効果が広く宣伝されて来遊者が増加した。杉屋旅館の創業年は元禄期(1688〜1704年)と紹介されることが多く、複数の訪問記では「湯の山で最古級の旅館」と説明される一方、解説サイトでは貞享4年(1687年)創業説も見られる。湯の山温泉芸術祭「オンパク湯の山」YOUよっかいち廃屈な日々

文化的背景

文化的背景

湯の山温泉の廃墟群は、近代以降の温泉観光の隆盛と、バブル崩壊後の大型旅館の淘汰が重なって生まれた景観である。湯治と行楽の場として栄えた温泉街が、需要変化と建物老朽化で空洞化し、その痕跡が「廃墟の温泉街」として可視化された。現在は心霊・廃墟観光やイベント利用を通じ、衰退の記憶をどう共有するかが問われている。三重県文化振興事業団YOUよっかいち

地元視点

地元視点

地元では長年、不法侵入や火災リスクを抱える厄介な景観として見られてきた一方、湯の山温泉協会関係者は「ツアー参加で無断侵入が減るなら」と静観の姿勢を示している。地域再生の文脈では、廃墟を壊すだけでなく、管理された形で資源化する試みとして受け止められている。YOUよっかいち東海テレビ

ベストシーズン

ベストシーズン

紅葉期の10〜11月、日中の斜光が入る午前遅め〜正午前後が外観撮影向き。人通りの少ない平日が無難。

撮影のコツ

撮影のコツ

道路側からは斜面に連なる建物群の全景、近距離では崩落した軒先や増改築の継ぎ目が見どころ。逆光を避け、曇天か柔らかな午前光がまとまりやすい。立入禁止・封鎖区画は撮らない。

注意事項

注意事項

私有地・立入禁止区画への侵入は厳禁。撮影は道路や公道から行い、地元住民や利用者の迷惑にならないよう静かに見学すること。心霊目的の大声や夜間徘徊は避ける。

関連作品

関連作品

  • - 特記事項なし(杉屋旅館そのものを主題にした全国的な書籍・映画・テレビ番組の一次情報は確認できず)
  • - 参考: 「杉屋旅館 最恐心霊ツアー」(京都オカルト商会、2025)
  • - 参考: 三重県文化振興事業団『湯の山温泉(三重郡菰野村)』(史料解説、年次不明)

トリビア

トリビア

  • - 杉屋旅館は元禄期創業説と貞享4年(1687年)創業説が並立し、古さの語られ方自体が見どころになっている。
  • - 2025年には、廃墟を「体験型資源」にする心霊ツアーが実施され、観光活用の先駆例として注目された。
  • - 湯の山温泉は「鹿の湯」とも呼ばれ、温泉街全体の由来伝承と杉屋の古さが重なっている。

外部レビュー

外部レビュー

出典

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