F E S T I V A L / FEST-208
勝田の獅子舞
かつたのししまい
千葉県八千代市勝田に伝わる三匹獅子舞で、八千代市指定無形民俗文化財。二百十日に近い毎年9月第1日曜に、五穀豊穣と二百十日の風水害除けを祈願して奉納される。腰に羯鼓(かっこ)と呼ばれる太鼓を付けた三匹の獅子(オヤジ=雄・セナ=子・カカ=雌)が、短いバチで太鼓を打ちながら笛・太鼓の囃子に合わせて舞い、ケンカをしたり仲直りをしたりという所作を見せるのが特徴。獅子面は黒塗りで、目と鼻の間が狭く、耳が大きく鹿の耳に似る。午前10時半頃から勝田の円福寺で「半シバ」を舞い、隊列を組んで駒形神社へ行道し(練り歩き)、残りの「半シバ」を奉納する。手踊りやミノコ踊りも併せて演じられる。一人で頭をかぶり腰太鼓を打ちながら舞う「風流系の一人立三匹獅子舞」で、関東各地に分布するこの芸能の典型例として伝承されている。

H I G H L I G H T S
見どころ
- 01腰に太鼓を付けた三匹の獅子が短いバチで打ちながら舞い、ケンカと仲直りの所作を見せる
- 02黒塗りで鹿の耳に似た大きな耳の獅子面という独特の造形
- 03円福寺で半分舞い→駒形神社へ行道→残り半分を奉納する「半シバ」の構成
- 04二百十日の風水害除けと五穀豊穣を祈る、水神信仰と結びついた郷土芸能
A C C E S S / M E T A
基本情報
- 所在地
- 千葉県 八千代市
- 斎行
- 駒形神社・円福寺(八千代市勝田)
- 日程
- 2026-09-06
- 周期
- 毎年9月第1日曜(二百十日に近い日/旧行9月1日)
- 起源
- 勝田の獅子舞は、二百十日(立春から数えて210日目、台風の襲来しやすい厄日)に近い時期に、その年の風水害を除け五穀豊穣を祈願するために始まったと伝えられる。伝承では「犢橋(こてはし)の寺が焼けたその夜、三匹の竜が勝田の寺に飛んできて舞が始まった」とも語られ、火難・水難をめぐる信仰と結びつく。三匹獅子舞は中世以降に関東一円へ広まった風流系の芸能で、勝田でも農村の年中行事として地区の人々の手で継承されてきた。かつては八千代市内の桑橋・村上など多くの地区で行われていたが、現在は佐山と勝田に伝わるのみとなり、八千代市の指定無形民俗文化財として保存の対象となっている。
- 観覧
- 開催は毎年9月第1日曜(二百十日に近い日)。午前10時半頃から勝田の円福寺で「半シバ」を舞い、その後、駒形神社へ行道して残りの半シバと手踊り・ミノコ踊りを奉納する。観覧は無料で、終日見学できる。神事・奉納であるため、舞や行道の動線を妨げないこと。午前と午後で会場(円福寺→駒形神社)が移動するため、見たい演目に合わせて時間と場所を確認するとよい。9月初旬で残暑が厳しく、屋外での待ち時間もあるため、日除け・水分補給の準備を。住宅地・寺社の境内が会場で駐車スペースは限られるため、公共交通の利用が無難。
- 最寄駅
- 東葉高速鉄道「八千代緑が丘駅」または京成本線「勝田台駅」(会場へはバス・車)
- 徒歩
- 0分
- 駐車場
- 専用駐車場はほぼなし(住宅地・寺社境内が会場)。公共交通の利用が無難
D E E P D I V E
深掘り
歴史
歴史
文化的背景
文化的背景
地元視点
地元視点
現在、八千代市内で獅子舞が伝わるのは佐山と勝田のみで、かつて桑橋・村上など多くの地区で行われていたものが時代とともに失われたなかで、勝田では地区の人々の手で継承が続けられている。八千代市は子ども向けの文化財通信『財(たから)やちよ』でも勝田の獅子舞を取り上げており、地域の伝統として次世代への周知が図られている。当日は円福寺・駒形神社に地域住民や見物客が集まり、五穀豊穣と無事を祈る秋の年中行事として親しまれている。
ベストシーズン
ベストシーズン
本祭の9月第1日曜。午前10時半頃からの円福寺での半シバ、その後の駒形神社への行道と残り半シバ・手踊り・ミノコ踊りまで、流れを追って見るとよい。残暑の屋外行事のため午前の早い時間が比較的過ごしやすい。
撮影のコツ
撮影のコツ
珍ポイントは三匹の獅子が太鼓を打ちながら舞う場面と、ケンカ・仲直りの所作の瞬間。黒い羽毛状の獅子頭と鹿耳の面、腰の羯鼓を正面・側面から。円福寺から駒形神社への行道(笛・法螺貝を吹きながらの練り歩き)も画になる。境内は木陰と日向の明暗差が大きいため露出に注意し、奉納の妨げにならない位置から望遠で。
注意事項
注意事項
神事・奉納であり、舞や行道の動線を妨げないことが最優先。午前(円福寺)と午後(駒形神社)で会場が移動するため、見たい演目の時間・場所を事前に確認する。住宅地・寺社境内が会場で駐車スペースは乏しく、公共交通の利用が無難。9月初旬は残暑が厳しいため熱中症対策を。
出典