F E S T I V A L / FEST-021
多度大社 上げ馬神事(多度祭)
たどたいしゃ あげうましんじ
三重県を代表する歴史ある神事で、馬が急傾斜の坂(高さ約2m・傾斜40度)を一気に駆け上がる「上げ馬神事」が最大の見どころ。馬が坂の頂上を超えた回数でその年の農作物の豊凶を占う。近年、馬への動物福祉の観点から問題が指摘され(2023年に馬が骨折する事故あり)、2024年以降は改善措置を取りながら継続されている。騎手(乗子)は若者から選ばれ、白装束で神馬を駆る。5月4日はお神輿も出て、20万人の人出を誇る三重最大の祭りのひとつ。

H I G H L I G H T S
見どころ
- 01馬が急坂を一気に駆け上がる瞬間の迫力と緊張感
- 02「何度越えたか」で豊作・凶作が決まるという占い神事
- 03動物福祉問題で揺れる現代との葛藤(歴史vs倫理)
A C C E S S / M E T A
基本情報
- 所在地
- 三重県 桑名市多度町
- 斎行
- 多度大社
- 日程
- 2026-05-04 〜 2026-05-05
- 周期
- 毎年5月4〜5日固定
- 起源
- 奈良時代から続くとされる神事。多度大神が白馬に乗って天上から降臨したという伝承に基づき、馬を神の乗り物として奉納するようになったとされる。
- 観覧
- 入場無料(駐車場あり・無料)。近鉄養老線「多度駅」から徒歩20分。亀山市から約30分(最寄り祭り)。
- 最寄駅
- 養老鉄道「多度駅」
- 駐車場
- あり(多度大社境内近く)
D E E P D I V E
深掘り
歴史
歴史
多度大社の例祭「多度祭」の中心である上げ馬神事は、同社公式・桑名市の案内では南北朝時代の暦応年間(1338〜1341年)に、この地を分領した武家の奉納として始まったとされる。多度大社の歴史年表でも「南北朝時代 暦応年間 多度祭上げ馬神事、この頃より始まる」と明記される一方、起源の詳細は元亀2年(1571年)の織田信長の兵火で社記が散逸したため確定できない。多度大社 多度大社 その後、慶長6年(1601年)の本多忠勝による再興、慶長10年(1605年)の本多忠政による社殿再建を経て、御厨制度のもとで氏子組織による奉納行事として継承された。桑名市 1978年(昭和53年)には三重県無形民俗文化財に指定されている。多度大社
文化的背景
文化的背景
地元視点
地元視点
多度大社の公式案内では、御厨はもともと7地区だったが、現在は少子高齢化と人口減少で6地区に再編されて継承されている。地元では「地域総出で守る祭り」として扱われ、若者が騎手を務めることが大きな名誉とされている。多度大社
ベストシーズン
ベストシーズン
毎年5月4日・5日の祭礼当日、午前の上げ馬開始前が最適。
撮影のコツ
撮影のコツ
上げ坂正面は馬の疾走感を撮りやすい。坂の側面からは勾配の強さが伝わる。神事中は立入規制に従い、馬や騎手へ接近しすぎないこと。
注意事項
注意事項
神事は神職・氏子の奉仕で成り立つため、拍手や声援は節度を守る。馬や騎手への接近、フラッシュ撮影、立入禁止区域への侵入は避け、案内放送と警備員の指示に従うこと。
関連作品
関連作品
- - 映画『おれらの多度祭』(伊藤有紀監督、2022年)
- - 映像『【懐かし映像】多度大社上げ馬神事 三重県桑名市【放送日1962年5…】』(放送年1962年、YouTube再掲2025年)
- - 映画『おれらの多度祭』関連インタビュー『【コトノハRADIO】映画『おれらの多度祭』伊藤有紀監督インタビュー』(コトノハ、2022年)
- - 特記事項なし
トリビア
トリビア
- - 公式によると上げ馬神事は南北朝の暦応年間(1338〜1341年)始まりとされるが、信長の焼き打ちで社記が散逸したため詳細は不明。
- - 2024年は土壁を撤去して実施され、2025年は鞭の使用禁止など見直しが進んだ。
- - 多度大社は古代からの社格を持ち、歴史年表では5世紀後半創建と伝える。
外部レビュー
外部レビュー
出典