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祭暦多度大社 上げ馬神事(多度祭)

F E S T I V A L / FEST-021

animal

多度大社 上げ馬神事(多度祭)

たどたいしゃ あげうましんじ

斎 行2026-05-042026-05-05

三重県を代表する歴史ある神事で、馬が急傾斜の坂(高さ約2m・傾斜40度)を一気に駆け上がる「上げ馬神事」が最大の見どころ。馬が坂の頂上を超えた回数でその年の農作物の豊凶を占う。近年、馬への動物福祉の観点から問題が指摘され(2023年に馬が骨折する事故あり)、2024年以降は改善措置を取りながら継続されている。騎手(乗子)は若者から選ばれ、白装束で神馬を駆る。5月4日はお神輿も出て、20万人の人出を誇る三重最大の祭りのひとつ。

多度大社 上げ馬神事
Wikimedia Commons / CC BY 3.0

H I G H L I G H T S

見どころ

  • 01馬が急坂を一気に駆け上がる瞬間の迫力と緊張感
  • 02「何度越えたか」で豊作・凶作が決まるという占い神事
  • 03動物福祉問題で揺れる現代との葛藤(歴史vs倫理)

A C C E S S / M E T A

基本情報

所在地
三重県 桑名市多度町
斎行
多度大社
日程
2026-05-04 〜 2026-05-05
周期
毎年5月4〜5日固定
起源
奈良時代から続くとされる神事。多度大神が白馬に乗って天上から降臨したという伝承に基づき、馬を神の乗り物として奉納するようになったとされる。
観覧
入場無料(駐車場あり・無料)。近鉄養老線「多度駅」から徒歩20分。亀山市から約30分(最寄り祭り)。
最寄駅
養老鉄道「多度駅」
駐車場
あり(多度大社境内近く)

D E E P D I V E

深掘り

歴史

歴史

多度大社の例祭「多度祭」の中心である上げ馬神事は、同社公式・桑名市の案内では南北朝時代の暦応年間(1338〜1341年)に、この地を分領した武家の奉納として始まったとされる。多度大社の歴史年表でも「南北朝時代 暦応年間 多度祭上げ馬神事、この頃より始まる」と明記される一方、起源の詳細は元亀2年(1571年)の織田信長の兵火で社記が散逸したため確定できない。多度大社 多度大社 その後、慶長6年(1601年)の本多忠勝による再興、慶長10年(1605年)の本多忠政による社殿再建を経て、御厨制度のもとで氏子組織による奉納行事として継承された。桑名市 1978年(昭和53年)には三重県無形民俗文化財に指定されている。多度大社

文化的背景

文化的背景

上げ馬神事は、豊凶占いと神馬奉納が結びついた農耕儀礼であり、神の力を「神賑」で高める行事として理解される。地域の氏子が御厨として担い、祭礼が共同体の再編や若者の役割形成を担ってきた点に民俗学的意義がある。少子高齢化で担い手が減っても続くのは、地域アイデンティティの核だからである。多度大社 桑名市

地元視点

地元視点

多度大社の公式案内では、御厨はもともと7地区だったが、現在は少子高齢化と人口減少で6地区に再編されて継承されている。地元では「地域総出で守る祭り」として扱われ、若者が騎手を務めることが大きな名誉とされている。多度大社

ベストシーズン

ベストシーズン

毎年5月4日・5日の祭礼当日、午前の上げ馬開始前が最適。

撮影のコツ

撮影のコツ

上げ坂正面は馬の疾走感を撮りやすい。坂の側面からは勾配の強さが伝わる。神事中は立入規制に従い、馬や騎手へ接近しすぎないこと。

注意事項

注意事項

神事は神職・氏子の奉仕で成り立つため、拍手や声援は節度を守る。馬や騎手への接近、フラッシュ撮影、立入禁止区域への侵入は避け、案内放送と警備員の指示に従うこと。

関連作品

関連作品

  • - 映画『おれらの多度祭』(伊藤有紀監督、2022年)
  • - 映像『【懐かし映像】多度大社上げ馬神事 三重県桑名市【放送日1962年5…】』(放送年1962年、YouTube再掲2025年)
  • - 映画『おれらの多度祭』関連インタビュー『【コトノハRADIO】映画『おれらの多度祭』伊藤有紀監督インタビュー』(コトノハ、2022年)
  • - 特記事項なし

トリビア

トリビア

  • - 公式によると上げ馬神事は南北朝の暦応年間(1338〜1341年)始まりとされるが、信長の焼き打ちで社記が散逸したため詳細は不明。
  • - 2024年は土壁を撤去して実施され、2025年は鞭の使用禁止など見直しが進んだ。
  • - 多度大社は古代からの社格を持ち、歴史年表では5世紀後半創建と伝える。

外部レビュー

外部レビュー

出典

出典

R E F E R E N C E

参考リンク